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捨てがまり


九州男児面目躍如の必死(必ず死ぬの意)戦術、それが捨てがまりです。『かまり』とは伏兵を指す言葉で、これは撤退時に鉄砲隊を伏兵として置き去りにする戦術です。追撃してくる敵から本隊を守るために伏せたり座り込んだりした鉄砲隊が追撃部隊を射撃、死ぬまでそこに留まり敵の追撃を遅らせます。

捨てがまり

剽悍な島津兵は関ヶ原において千人しかいませんでしたが、大将の島津義弘を撤退させるために五度にわたる捨てがまりをおこない、義弘が撤退に成功した時には五〇数人しか残っていなかったそうです。強兵で名高かった島津がこのように、いくつもの独自戦術を持っているのは驚くべきことではないでしょう。

名将も多い島津でしたが、その勝利は配下の足軽や侍たちの強さがなければ実現できないものであったことは容易に想像できます。この事実に、日本一の弱兵を率いなければならなかった織田信長は何を思ったでしょうか。想像してみるだけで悲しくなってきてしまいます。



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